12.パンドラの箱


 そうして十数年が経ったある日、私は今のパートナーとなる人に出会う。
 
私たちが出会って数週間後、彼から一通のメールが届いた。

 そこには、かつて私と恋人に起きた出来事が、あの時と同じストーリーが書かれていた。
けれどそれは、私たちのことではない。
もう一つの、別の恋人達のストーリーだった。

 何故この人が私と酷似した経験をしているのだろう。
そして、何故この人は、この話を私にするのだろう。
巡り会ってはいけない人と出会ってしまったのだと思った。
何故なら、そのとき私たちはすでに、お互いにどうしようもなく惹かれ合う自分に気づいていたからだ。
鍵のはずれたパンドラの箱は、容易に開いてしまった。
私たちには配偶者がいた。私の娘は高校生になっていた。

 けれど、私たちは開いてしまったお互いのパンドラの箱を持ち寄って、箱の中のものを一つ一つ取り出す作業を始めてしまった。
私はこの人とまた、かつての恋人との間に起こったような悲惨な関係を繰り返すのだろうか。
それは何のために。

 私が中途半端にして逃げてきた事は、どんなに逃げても一生追いかけてくる。
どんなに時間が経っても、解決しない限り形を変えて私に問いかけてくる。

 「今度はどうやるの?」
 「今度こそ、うまくできるの?」

 私たちは、会うたびにとりとめもなく話し合った。
ずっとこんなふうに、人と真正面から向き合って心を開くことを忘れていた。
けれど、まともに見つめ合うほど、かつての恋人との痛みを鮮明に思い出した。
あの時と同じ私が、まだ心の奥に眠っていたことを思い知らされた。

 何かが作り上げられそうになると、いつもそれをたたき壊してしまう私。
愛する人を傷つけずにいられない私。自分が見放されるまで、それを繰り返すことが止められない私。
けれど、その奇妙な行いの源は、愛する人を失う恐怖なのだということが、見え始めていた。

 「考えることを放棄しなければ、同じ間違いは絶対に繰り返さない。二人で考えるなら余計に、繰り返さない。」
彼は何度も繰り返した。
私に、そして自分に言い聞かせるように。
過去をなぞるような彼との関係は、一方で恐ろしいものだった。
けれど、ずっと忘れていた向き合う人がいる感覚は、どうしようもなく幸せなものだった。

 ある日、彼と一緒にいた私は、不意に死んだ父の視線を感じた。
彼と居る私を死んだ父が見ている、そういう視線を確かに感じた。
私は意を決して、心の中で大きな声を出して、はっきりと父を呼んだ。そして伝えようとした。

 「私は・・・」

 思いがあふれて言葉にならない。
そのかわり、それらの言葉にならない記憶を、ひとつひとつパンドラの箱から出して心の中に並べながら、私はたくさん泣いた。
声を上げて、子供のように泣いた。
彼は何も聞かずに、その作業が終わるまで、じっとそばにいてくれた。

 「私の身には、どんな理不尽なことでも起きるのだ」という根深い思いこみと諦めをずっとどこかに持っていた。
嫌なことを嫌だと感じるまで時間がかかる。感情を伝達する機能が上手く働かないのだろうか。
けれど、その時以来私は、以前より素直に自分のこころ内を表現できるようになった。

 「素直に、素直に」
それが私たちの新しい合い言葉になった。
「私があなたや自分を破壊しそうになったら、その時は私を止めて欲しい」
そう私は彼に頼んだ。
「そして、どうしても私を止めることが出来なかったら、私のそばから離れていいから」
…と。
あの時みたいに、自分のコントロールが出来なくなってしまうことが恐くてたまらない。
彼は、
「きっとそうなった時は、どんな言葉ももう届かなくなるだろう。
 けれど、今ここで話したことだけは絶対に思い出して欲しい」
と言った。 
わかった、素直に聞くから。
素直になるから、
まっすぐに表現するから、
そして感情はありのままに言葉にするから。
…私は約束した。

 私は、自分を知ることに真剣になった。
そして夢中になって自分を知るための本を探して読んだ。

 広げてしまったパンドラの箱の中身が、もうすでに収拾がつかなくなってしまっている恐れ。
その一方では、自分についてのたくさんの謎を解きほぐせるかもしれないという微かな光を見出し始めていた。

このあふれ出てしまった中身を、残りの生涯をかけて彼とひとつひとつかたづけて行きたいという希望と、母親として娘に今の家族と生活を守ってやりたいという思いの間で、私は常に引き裂かれていた。
そして彼も、彼の生活の中で同じような思いを積み重ねていた。  

 私たちが歩いている道が袋小路なのだということは解っていた。
私たちに未来がないこと、私たちを決して誰もが許さないだろう事を考えるたびに、絶望的な気持ちになった。
誰かを傷つけずに済む方法など、あるはずが無い。
それは、とっくに解っていて、卑怯だと知りつつ問題を先延ばしにしていた大きな理由でもあった。

 けれど、もうこれ以上先送りは出来ない。
そんなせっぱ詰まったところまで、私たちは来てしまっていた。

 そして、彼と別れることを決めざるを得なかった。
やはりあの時と同じだと思った。同じ結末だと。
またあの喪失感と向き合うのか、そんなエネルギーが今の自分にあるだろうか。
でも、選択の余地はなかった。

 彼との最後の電話で、私は平常心を完全に欠いていた。
自分自身の、娘に対する罪悪感までをすべて彼のせいにして、彼に当たり散らした。
そんなことは初めてだった。
出会った時からずっと、私の吐き出す感情を彼は受け止め続けてきたけれど、激しい怒りを私が露わにしたのはこの時が初めてだった。
彼は、いつものように私の感情を受け止めた。
吸い込むように受け止めていた。

 その時、私には彼の変化に気づく余裕が全くなかった。
「なにもかもあなたのせいだ。」私は滅茶苦茶にそんなことを言っていたと思う。
だからあなたが終止符を打つべきだと。
彼は、私たちが別れることになるとしても、こんな形で終わるのは間違いだと言った。
私はそんな言葉にも耳を貸さず、「さようなら」と言う言葉を彼に強要した。
何故か、彼の口からその言葉を聞く事に執着した。それを聞かないと今後自分がどうにもならなくなるという思い込みにとらわれていた。

 つまり、私はこの別れを、「彼の選択」ということにして少しでも楽になろうとしていた。
以前のような喪失感から逃れるために。後悔と自責の念から逃れるために。
いや、それ以上に、また私はたたき壊し始めていたのだ。
彼の心と自分の心と、そして私たち二人の大切な何もかもを。

 彼がつっかえながら、ようやく「さよなら」と言ったのを聞いて、私は電話を切った。
彼の言葉が不自然になっている事に、まだ気づいていなかった。



[next]


[about me index]

[HOME]