この頃、私はたびたび家に出入りするある人物から性暴力を受けていた。その男は父の会社の従業員で母の絶大な信頼を勝ち取っていた。こども好きで人の良い優しげなこの男は、そんなことが有るまでは私にとっても大好きなお兄さんだった。 けれどある日、昼寝をしていた私がふと気づくと、その男の手は私の下着の中に有った。大変なことが起きていると何かわからないなりに感じた私は眠ったふりをして、それらすべての出来事を無かったことにしようと、少なくとも自分は何も知らなかったことにしようとした。 その日から私の中に更に一つの大きな大きな秘密が増えた。こんな家に育った私には起きるべくして起きていることのようにも思え、これが私が私であるがゆえに起きたことだと、私の責任のように思った。 だから、その後もそのことが繰り返される度に、罪悪感と羞恥心の中で私はいつも眠っているふりを続けた。それはその男にとって不自然で見え透いた愚かな子どもの反応でしか無かったはずだった。けれどきっと私は好都合なおとなしいこどもだったのだ。そして私は何より、これ以上やっかいな問題を家庭内に増やしたくなかった。自分の感じる不快さや屈辱よりも、私がこれを公にすることで起きるかもしれない揉め事はさらに嫌なことだった。 その時の私には両親に打ち明けるなど思いもよらなかったけれど、もし仮に勇気を出して母に話していたとしてもきっと別の形で傷つくことになっていただろう。多分母には騒ぎ立てたり逆上したりする以外に、こどもの心を優先にした対処など一切出来なかっただろうから。 幼い考えの故に、私は選択を誤った。信頼できる第三者を、なんとしても捜して打ち明けるべきだったのだ。ただ、今大人である私が過去を見つめてみても、あの時、あの心を閉ざしたあの子には、その問題を上手に解決してくれる大人を探すことなど、そして打ち明けることなど出来るはずはなかった。 [next] [about me index] [HOME] |