3.姉のこと

崩壊しかけている家庭にあってもなお、母は相変わらず世間体と事を丸く収めることを最優先にしていた。
それでも母は、何もかもがうまくいっているかのように振るまい、彼女の頭の中だけにある理想的な結論に向かって、強引につき進んでいった。
あらゆる所がひずんで、そこを次から次と取り繕っていく家は、内側がどんどんくずれていった。

そんなある日、姉の行方が解らなくなった。
突然姿を消したのは、姉だけではなかった。
もう一人、姉とともにいなくなってしまったのは、あの男だった。
9歳の私には、当初その事の意味が解らなかった。

 姉がいなくなった家で、母は我が身を突然襲った不幸を嘆いていた。
彼女にとっては、それは青天の霹靂であり、成る可くしてなった結果などではなく、愛情を注ぎ続けた者からの裏切りだった。
当時の、私は母が世界一不幸に思えて、母の悲しみを思うと胸が引き裂かれるようで、なのに何故か、同時にそれと同じくらいの強い反抗心を母に対して感じ始めた。
その矛盾した思いは、たびたびコントロールの効かないいらだちとなって、母にぶつかるようになった。
母にぶつかり、言い争いをし、母の傷つく言葉を並べ立て…
そして、その直後には、自分がますます深くした母の悲しみを思って泣いた。

あの男がいなくなったことを思うたびに混乱し、あの事はますます私だけの秘密になって心の奥深くにしまい込まれた。
姉に同情することも、姉の行方を探すことも、どれも私は望まず、何をどうすることも出来ず、哀しいとか苦しいとか感じることもなく、ただその日その日が早く終わるように祈るような日々を送った。

 皆が何もかも諦めた数年後のある日のこと、姉から突然手紙が届いた。




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