6.恋人


 私の高校生活は、あの地下のかびくさい溜まり場と、一人暮らしの恋人の部屋と、学校との3つの場所が拠点になっていた。
そして15歳の時恋人が出来た。
けれど私達の関係は、最初から愛情と憎しみが同時に育っていくような悲しいものだった。
 一つ年上の彼と私は、お互いに惹かれ合うほど相手を追いつめるというゲームを始めた。
私は、彼を追いつめることでさらに自分を追いつめ、彼に残酷に振る舞うことでそれ以上に自分を傷つける・・・そういうループにはまりこんだ。

何故そうなってしまうのか何も解らないまま、無我夢中で、ぶつかり合って差し違えるようなケンカの連続。
楽しい時間が訪れようとすると私たちはどちらともなくそれをぶち壊しにした。
私はあえて彼を怒らせ、幸せな時間を止め、摩擦を誘発して、そして多分…安心した。
私には、彼との穏やかで愛情に満ちた優しい時間は、なぜか恐ろしくてたまらないものだった。
その時、その理由ばかりか、自分が何をしているのかさえも解らずにいたように思う。
彼には、とても素直で優しい一面があったが、同時に神経質で酷く冷たい部分も共存している…、少なくとも当時の私にはそんなふうに見え、いったい彼をどう理解して良いのか解らなかった。
けれど、きっと私の彼に対する態度もまるで鏡に写したように同じものだったのだろう。

 その上私にとって、彼の存在自体が私のプライドを傷つけるものだった。
そのしくみが解らないままに、私は自分のプライドを守ろうと、まったく逆の行動を繰り返していた。
それは次第にエスカレートして行き、私は彼を傷つけるために自分を傷つけ粗末に扱うようになった。
彼の悲しみを確認することで彼の愛情を試しつづけ、私がどんな破壊の仕方をしても修復しようとする彼の姿を見ながら、自分を責めて、悲しくて、せつなくて、けれどまた破壊を繰りかえした。
そんな私と決して別れようとしなかった彼も、やはり私のように何かが狂っていた。
私の初めての恋愛が、何故そんなふうになってしまったのか、それが解ったのはずっとずっと後になってからだ。

 ある日彼は私に夢を語った。
「どんな時代になっても、どんな社会になっても、無人島に流れ着いた時でも、役に立てる仕事がしたいと思ってるんだ。」 
 6年後、彼は医学部に入学し、そして数年後に精神科医になった。


彼が大学に入学した頃から、私は彼のそばにいる時に感じる孤独感に耐えられなくなり、その孤独から解放されるためには彼と分かれる意外にないと考えるようになった。
けれどそれは、孤独と戦うことと同じくらいに難しかった。
最後の勇気をふり絞って、身体の一部を引きちぎるようにして彼との絆を断ちきった。

その頃からか、もっと前からなのか、彼は私の心の中で起きていたことを理解していたのかもしれない。
その後時々電話で近況を確認してきた彼は、私がどんなふうに生きていくのかを確かめているようにも思えた。
彼が医者として勤務し始めた頃、あるクリスマスの日の電話で職場の病院でのことをこんなふうに語った。
「クリスマスイブに病棟で、患者さん達とクリスマス会をしたんだけど、一人ずつ歌を歌うことになって、ボクの患者さん、『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を歌い始めるんだよ。」
昔よく聴いたディープパープルの曲、クリスマスの精神科病棟に似つかわしくない曲だ。
「病棟で?」そう訪ねると彼は、
「そう、たから、一緒にね、アカペラで歌ったよ、ボクも。」と言って笑った。
「他の先生に言われたよ。『変わった歌知ってるんですね。』って。」

クリスマス会にハードロックを選んで、歌い出す患者さんと、唖然とする医者達と、その空気の中で一緒に歌い始めた彼の選択になぜかとても嬉しくなった。
そして、彼が少し変わったことを感じ、もう手がとどかないところにいるんだと思い急に淋しくなった。
私はまだ、何も決められないでいた。
何も受け止めず、かわしてばかりで逃げていた。
このままじゃ駄目なんだ。
でもどうして良いかが解らなかった。
何をどうすればいいのか。

どうしたらこの苦しみから逃れられるんだろう。


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