9.封印



 惰性のように大学に入学した私は、その場所になかなか慣れることが出来なかった。
そこで自分が何をすればいいのか、途方に暮れた。
私は、「自分」というものを持っていなかったのだ。
自分のしたいこと、自分の考え、自分の未来、自分の選択…、なにもかもを持っていなかった。
どんな場所にいてもその場所の普通を無意識に模索して、そこに埋没しようとする私に、何かを自分で決断し構築していく大学という場所は戸惑うばかりでつらい場所だった。

結果、私はさっさと大学をやめてしまい、しばらく絵を描いたりし生活していた。

 少しして、ある男性と私は知り合う。後に娘の父親になる人だ。
彼は私を今いる場所から本当に陽の当たる場所へと連れだしてくれるような気がした。
私は、新しい人生を新しい自分を今から作っていける気がして、彼と結婚し、そして『今まで』を箱に入れて鍵をかけ、封印した。

 私が何とか今まで生きて来る事が出来たのは、高校時代からこの時期までに、自分なりの方法でセラピーをしてきた効果ではないかと思うときがある。
それは、もちろん何の自覚も何の知識も目的意識もなかったが、喉が渇くと水を飲むように自然に、無我夢中で自分を癒す方法を探した結果だ。
友達ととりとめのない話をしたり、秘密を打ち明け合ったりしたこと、夢中で絵を描いて我を忘れたり、音楽とともに怒りを解放したり。
私たちはお互い友人の話に、聞き飽きたようなありきたりの慰め方は決してしなかった。
ただ、憎しみや怒りを吐き出す友の言葉に、同じ言葉を繰り返すことで相づちを打っただけだ。
私たちはお互いに最高のセラピストだったのかもしれない。
 そういう時間と場所を共有することを、皮肉にも親や周囲の大人達は阻止しようとした。
彼等は子供を救おうとしたのだろうが、それがつまり子供達が唯一救い合える場を奪う事になるのを解らなかった。
一見無駄に見えることの中には、とても大切なことがある。
その時にはそれが解らない。


 『今まで』を封印することで、私は少し楽になった気がした。
その分自分が明るくなった気もした。
そして、年月ととも私なりに大人になっていったけれど、やはり本当の意味での成長は、封印した時点で止まってしまっていた。

 


 [next]

[about me index]

[HOME]