1.魂の殺人 A.ミラー著 / 山下公子訳 (新曜社)


 著者、アリス・ミラーはポーランドに生まれ、その後スイスに移住して、哲学、社会学、心理学を学んだ後、精神分析家としての訓練を受けました。
その後20年間スイスで、治療、教育に携わってきた人だそうです。
 「魂の殺人」は"親は子供に何をしたか"というサブタイトルの通り、子供時代の体験(特に親との関係における)と、その後の人生との因果関係を、
@クリスティアーネ・F(かなり昔、映画にもなりました)
Aアドルフ・ヒットラー
Bユルゲン・バルチュ
の3人を例に取り、分析・解説しています。
著者は、精神分析の現場で、たくさんの症例を見、またそれを治療してきた人だけに、人を見る目はとても鋭く、優しく、その分析が決して机上の論理では無いという安心感と暖かさが、この本の行間にあふれています。
 
 例えば、ヒトラー。この著書が最初に出版されたドイツにおいて、ヒトラーをこのように扱うこと自体、ナチス擁護のように受け取られかねません。
あえて、その危険を冒して、大悪党とされているこの人を例に上げた著者の意図は、むしろ教育を変えることで人類の未来が変わるのだと言うことを伝え、幼少時の虐待がいかに本人にとっても、周囲にとっても後々ずっと不幸を生み出し続けるかという恐ろしさを伝えたかったのではないかと思います。
 それに続く最終章で、「和解への道」をさぐる著者は、ヒトラーについて印象的な言葉を残しています。
『体感された憎しみではなく、イデオロギーの力によって防ぎ止められ、せき止められた憎しみこそ暴行と破壊を生む元凶なのです。』

 私の周りに立ちこめていた濃い霧の存在に私が気づき、それを何とかしたいと、初めて思った記念すべき著書です。

 本の帯に書かれていた朝日新聞掲載の紹介文を引用します。
 『内面を傷つけられた人は、極端な場合、犯罪や殺人など他者を傷つける行為や、自殺や薬物中毒など自滅的な行為に走り、あるいはノイローゼや心身症に陥る。これらの行動は、幼児期に受けた迫害の無意識の再現なのだ。幼児期の迫害は一部の不幸な人達だけでなく、だれしも大なり小なり体験しているだけに問題の根は深い。』